2007年11月14日 (水)

桃山丘陵の散歩

11月13日(火)

妻は朝から町内の女性グループ「こまち会」の人たちと嵐山弁慶でのお食事会に出かけた。
小生は今日も歩きたくなって11時頃からリュックにタオル一本だけ入れて桃山御陵へ向かった。
大手筋のデリカヤマザキでおにぎり2個とお茶を買ってリュックに入れて歩き出した。

今朝はひんやりと肌寒かったのでいつもより少し厚手のジャンパーを着てちょうどよかったが、御陵さんの参道中程から体がほかほかと温まってきて頂上に着く頃には汗をかいていた。

拝礼をしていつものように体操をしかかったところ、石段を夫婦連れの女性が、
「229,230、231」と声を出して登ってこられたなあと声だけ聞いて体操していたら、男性の方が小生に声をかけられた。

その方に顔を向けると、なんと、富澤さん夫婦ではないか。
自宅は嵯峨が車の車検で桃山南口の京都トヨタまで来て、時間待ちにここまで歩いてきたとのこと。
40年あまり前に白梅町の職場でしばらく一緒に仕事をして、富澤さんの東京転勤に伴い業務の引き継ぎをした仲であった。

また、43年前の新婚旅行の時、開通してまもない東海道新幹線で東京駅に着いた折にホームまで迎えに来てくれたことをなどの思い出話をしながら一緒に参道の砂利道を歩き参道下の道路で別れた。

ここから自動車道を歩いて桃山城までいき、今夏に出来た桃山城運動公園を通り抜け、六地蔵への峠を右に見て墨染への道を左折して老人ホーム方面から桃山ゴルフクラブを目指して縦走路を探したが、昔来た頃とは様変わりで、すっかり住宅街になっていておどろいた。

どうにか老人ホーム前から縦走路に入り竹藪の中の地道を、けっこうな登り坂がつづき、桃山御陵から40~50分で桃山ゴルフ場の入り口にたどり着いた。

時間はすでに2時頃になっていたが途中でおにぎりを食べる場所もなく大岩街道に下山して、そのまま西に向かい国立病院(現、京都医療センター)前から京阪藤森駅まで歩いた。
家を出てから約11キロの道のりであった。

あまりに腹がへったので駅のベンチでおにぎり1個とお茶でのどをうるおした。
3時頃帰宅。
おつかれさんでした。

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桃山丘陵ウォーキング

11月13日(火)

妻は朝から町内会の女性グループ「こまち会」のメンバーと嵐山弁慶へお食事会に出かけていった。
早朝ウォーキングは休んだが、11時頃からやっぱり歩くことにした。
桃山丘陵を縦走しょうと、リュックにタオルを入れて出かけ、大手筋のデリカヤマザキでおにぎり2個とお茶を買い桃山御陵へ向かった。

今朝は肌寒かったのでいつもより厚手のジャンパーを着てちょうどよかった。
御陵さんの参道の中程から体がほかほかとしてきて頂上の明治天皇陵ではジャンパーも脱いでいつものように石段横で体操をはじめた。Photo

石段を「229,230,231」と声を出して登ってきた夫婦があった。
すると男性が小生に声をかけたので顔を見てびっくりした。
何年ぶりであろうか、昔の勤務先で一緒だった富澤さんだった。

白梅町の勤務先で一緒に仕事をして、東京転勤のときに富澤さんの業務を引き継ぎしたことや、

43年前の新婚旅行で開通したばかりの新幹線で行った東京駅のホームに出迎えてくれたことなどの思い出話をして談笑した。Photo_2

桃山南口にある京都トヨタへ車検に来て時間待ちに桃山御陵まで歩いてきたとのことで、ご夫婦と砂利みちの参道を下の自動車道まで歩き別れた。

ここから車道を桃山城へ向かい、7月に完成した京都市の桃山城運動公園を通り抜け墨染道の峠を左折して京都老人ホーム方向に右折して縦走路の尾根道を探すも、昔来たときとはすっかり様子が変わり住宅街に変貌していて少しとまどった。Photo_3

ようやく老人ホーム前から縦走路に入り桃山ゴルフクラブを目指した。
両側に竹やぶの地道がつづき、山道らしくなってきたが道幅は広く、ときおり乗用車が下りてきた。
資材置き場などもあり大型ダンプカーも廃材置き場から出てきてびっくりした。

桃山御陵から50~60分ほどで桃山ゴルフクラブ前まできたが、その時すでに2時頃になっていて、どこかでおにぎりとお茶を飲みたかったけど、休憩できる場所もなく、そのまま山を下り大岩街道まで下りてきた。

交通量の多い大岩街道を西に歩き国立病院(京都医療センター)前を通り京阪藤森駅まで歩いた。
さすがに腹がへり駅のホームのベンチでおにぎり1個とお茶を飲み、ひとごこちついた。

3時頃に帰宅して着替える。
おつかれさん。
約10.78キロ、13649歩のウォーキングでした。

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2007年11月 9日 (金)

八丁平紅葉トレッキング

10月始めの市民新聞に京都市「山村都市交流の森」が企画する「八丁平紅葉トレッキング」の募集記事があった。
かねてから京都北山の八丁平には一度行ってみたいと思っていたので、山歩きの好きな弘江さんにも呼びかけてすぐに応募はがきを出した。

11月4日(日)朝6時45分に家を出て、近鉄竹田で地下鉄に乗り換え宝ヶ池の国際会館前で降りた。
集合時間の7時45分までにはだいぶ時間があったので近くの宝ヶ池の散策路を少し歩いた。

貸し切りの京都バスは37人の中高年の男女でほぼ満席で、国際会館前を午前8時前に出発した。
鞍馬の山門前を通り、バスは花脊峠に向けて高度を上げていく。

むかし花脊別所町には花脊スキー場があって、何回か来たことがあり懐かしく車窓からの景色を見ていたが、スキー場が廃止されてもう10年以上たっていて、車窓からはその跡はわからなかった。

バスは花脊の奥へと進んで京都花脊山村都市「交流の森」の施設に着いた。
ここで受付と会費を納めてトイレ休憩をとった。
15分ほどで再びバスは奥に進み大悲山口から右折して林道に入りしばらく進んだところで全員バスを降りた。

Photo_4 
ガイドと4人のアシスタントが付いて林道を20分ほど進み寺谷方面の道と分かれて、いよいよ急斜面の山道へと登っていくが、かなりの斜度を30分ほど登ったところで、弘江ちゃんが右ふくらはぎに痛みを訴えるようになった。

斜面の途中で立ち止まり、右ふくらはぎの指圧とマッサージを施したので、少し回復して再び登りだした。
Photo_2 さらに20分ほどを大きなドングリや栗の実を拾いながら登って小休止となたので、再び指圧とマッサージをし弘江ちゃんが持参したシップを貼ってほどなく少し回復したようであった。

俵坂峠(標高約750m)を経て12時頃に市有林二の谷管理舎に着き45分ほどの昼食休憩となった。
12時45分頃からフノ坂峠を経て八丁平に着き、規模は小さいが湿原帯を回る周回路をぐるっと向こう側にむけて歩いた。
紅葉にはまだ早かったが真っ赤に紅葉した落ち葉を1枚とカエデの葉や朴の葉などを拾ってリュックに入れる。
ここの山道は2メートルほどの道幅があり、ガイドから昔の鯖街道だとの説明があった。
Photo_3

このあたりまでが京都市左京区で、少し登った中村乗越(標高約700m)から滋賀県に入り、今度は長い急斜面の下りになつた。
伊賀谷まで下るとかなり足場の悪い沢道となり、その沢渡りが5カ所ほどあり、数人の人が足を滑らせて沢に落ちるなどがあった。

数カ所の丸木橋も大変危険な状態で、年寄りには難度が高いように思った。
長い伊賀谷林道もようやく終点になって葛川学校前に着いた。
この健脚コースを全員無事に踏破して云々とガイドの人の言葉があったが、
募集記事には健脚コースとは書いてなかったように思った。

10キロとは書いてあったが、しかし久しぶりによう歩いた実感を味わった。
歩行計は2万5千歩を越えていた。
迎えの京都バスに乗って5時過ぎに日没後の国際会館前に到着した。

和子から頼まれていたイタリアンパセリを近くの園芸店で求めたが置いていなかった。
地下鉄と近鉄に乗って帰宅した。
ほんとにお疲れさんでした。

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2007年10月 3日 (水)

天神さんのお祭り

10月2日(火)午後1時過ぎから
妻と姪の三人で二条駅西口のTOHOシネマに「エデット・ピアフ愛の讃歌」を見に行きました。
波乱に満ちた、歌一筋の人生に心打たれる優れた作品でした。

映画鑑賞後、ここから北野天満宮までウォーキングをしようと持ちかけて、北に向かって歩き始めました。

途中西の京の町中から旧二条、御前通りを通り、青木君宅に立ち寄りご夫婦に会い、久し振りの立ち話をして、西に歩いて北野天満宮の御旅所へ向かう。

賑やかに多くの露店が立ち並び人々で賑わっていました。
御旅所に入り、幼少の頃以来60年ぶりに瑞饋御輿をじっくり見ることができた。

ここから北へ北野中学校の西側を通り高橋君宅を訪ねたが留守で、おそらく横浜のマンションへ行かれたことと思われる。

大将軍から紙屋川を通り今出川にでて北野天満宮へ向けて歩いた。
参道と境内はひっそりとしていて、10月4日に本祭りが催されるとは思えない光景であった。

6時頃になっていたため本殿への正門、東門とも閉門されていて、お参りが出来なかった。

上七軒をとおり今出川から千本通りを南に歩き、青木君推薦のレストランぼんに入り食事をした。

バスで四条京阪を経て8時半頃に帰宅する。

万歩計を持って出るのを忘れたが10キロほど歩いたかなあ。

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2006年10月25日 (水)

芦生の森ハイキング

もう数十年も前から一度は行ってみたいと思っていた、京都大学の芦生演習林、2003年4月から名称が変わり、「京都大学フィールド科学教育研究センター森林ステーション芦生研究林」という長いながい名称になった。
通称、京大芦生研究林

9月初め京都新聞旅行センターが「芦生の森ハイキング」の募集をしているのを見て、さっそく申し込みをした。
妻の和子と、姪の弘江ちゃんと友達の山下さんの4人で参加の予定で申し込みをしたが、その後取引メーカーMの招待で有馬温泉と松茸狩りの案内があり、和子がそちらの方に出席することになり、その代わりとして私の友人の高橋君を誘った。

出発は10月24日(火)で京都駅八条口を午前8時に出て途中、四条大宮で高橋君と他の参加者を乗せて、五条天神川を北進して福王子から周山街道(国道162号)を懐かしの高雄、中川、小野郷を通り笠トンネルから京北町(今は京都市右京区)細野から周山の中心部に入った。

さらに北上して下弓削、上弓削を通り、やっと美山町に入った。
伝統的建造物の美しい茅葺き合掌造りの集落を見ながら、ほどなく美山町自然文化村に着いた。
ここまで約2時間半かかった。
ここから専用のマイクロバスに乗り換えて芦生の森へ入っていく。
京都市内では快晴だったのに、あいにくここから雨が降り出してきた。

一般車は入ることが出来ない林道を走ること約1時間。標高約300mの文化村から車幅いっぱいの未舗装林道を右に左に揺れながら、780mのケヤキ峠を越えて下谷に下り、さらに奥へと進み、廃屋となった作業小屋跡でバスは停車する。
雨衣を着てバスを下り、ここで7~8名づつが2つのグループに分かれてガイドに付いて歩き始めた。

この広い森は研究のための一部の植林を除き、ほとんどか原生林のままで数百年のブナやトチノキ、カツラやミズナラ、カエデなどの巨木の数々が保存林として大切に守られている。2_1 1_2
落ち葉や小枝をひろい説明してくれるガイドさんにうなずいたり感心したりして歩く。

2回ほど沢渡りもして実に楽しい散策がつづいた。
しかし高橋君の足運びが途中からおかしいことに気が付いた。
これまでと違って、重く引きずるような歩き方であった。
「足が上がってないようやけど、大丈夫か」と聞くと、「ちょっとヒザが痛いねん」という。
「まあゆっくり歩いたらええがな」と云いながら一緒に歩いた。

沢渡りをして上の林道まで登り歩き出してしばらくして、高橋君がつまずいたように前に両手をついた。
「どうした!大丈夫か!」と声を掛けた。
手を取り立たせたが、どうも様子がおかしい。
聞くと、「沢渡りの時も足がもつれて、ちょっと転倒しそうになったんや。ちょっと目まいがした」という。

これは大変なことになったと思ったが、幸いガイドの女性が、「バスがケヤキ峠で待っているので、行ってここまで来てもらいます」と云って、5~6人のグループとケヤキ峠まで歩いていった。我々2人はその場で待っていた。
まもなくマイクロバスが戻ってきて一緒に峠まで乗っていった。
ケヤキ峠まではあとわずかであった。

高橋君と運転手を残し、私たち参加者は雨の中をこの780mのケヤキ峠からさらに急斜面を、939mのブナノキ峠を目指して登りはじめた。
しかし途中でガイドが、雨が強いので846mのブナの群生地あたりで引き返すという。
雨に煙った樹林を見たが、どれがブナの群生かわからない。
再びケヤキ峠まで下山して、マイクロバスに乗り山を下りる。

自然文化村に着いて館内に入る。
ここは立派な宿泊施設になっていて、旅館の着物を着た宿泊客も何人か見えた。
汗と雨で濡れた身体を拭いて着替えをして土産物の丹波の黒豆や納豆などを買う。

すっかり日が暮れた周山街道を、途中の高雄でトイレ休憩をして京都へ向かう。

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2006年9月26日 (火)

嵯峨野ウォーキング

嵯峨野は昔から何回も歩いているが、何回行っても良い。
4月の桜の頃にも高校時代の仲間と、御室仁和寺から嵯峨野へ歩いた。5ヶ月ぶりに妻と姪の弘江ちゃんの三人で、市バスが一日乗り放題の「市バス専用一日乗車券カード」を500円で買って出かけた。
まず京都駅まで市バスで行き、御室・山越行きに乗り換え、終点の山越えまで行く。

西大路から一条通りを西に御室仁和寺、福王子、鳴滝地域は、かって、高校時代や銀行時代に深く馴染んだ懐かしい地域だ。
山越バス停で下車して歩き出した。
桜守りとして有名な、佐野藤右衛門さん邸を通り、ほどなく広沢の池に出た。
池の西側から農道に入りあぜ道を歩く。

このあたり一帯は古都保存法で開発や現状の変更が出来ず、昔からの風景が変わらず保存されている。
Atago そこここに彼岸花が咲き、野焼きの煙が立ちのぼり、ゆつたりとした時が流れている。

カメラマンが野鳥の映像を撮ろうとシャッターチャンスを待っている。

Higanbana_nouka Denen しばらく歩いて大沢の池畔に入り青鷺や鴨、鵜などの鳥が日向ぼっこをしている。しばし散策をする。

ここから直指庵に向かう。
この時期は観光客もなく我々3人だけで、古びて静かな庵に上がり、庭を散策してしばし、わび、さびの境地にひたる。

空腹をおぼえ、嵯峨釈迦堂を経て竜安寺まで歩き境内を通り抜けて「湯どうふ嵯峨」に入る。

しばらくぶりで湯豆腐コースと冷酒でひと心地につく。

Ohsawano_ike

1時間ほどして、再び歩きはじめ、野宮神社、落柿舎、祇王子、二尊院を経て化野念仏寺の石段を登り境内に入る。
墓石と無縁仏の集合地で、わざわざ金を払って見るのも何か変な感じがする。
墓地の写真を撮るのは気が進まないのでやめる。

ここからさらに西に進み鮎料理で有名な平野屋のたたずまいを見て、バス道路に出てバス停まで歩く。

京都バスに乗ったが、市バス一日乗車カードを活用するため、帷子ノ辻で下車して市バスを待ち、四条烏丸と京都駅で乗り換えて伏見大手筋まで帰る。
500円の市バス一日乗車カードは嵯峨野地域は区域外で、余分な乗り換えを余儀なくされて大変不便であった。
あぁしんどかった・・・・・・・・

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