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2006年9月26日 (火)

嵯峨野ウォーキング

嵯峨野は昔から何回も歩いているが、何回行っても良い。
4月の桜の頃にも高校時代の仲間と、御室仁和寺から嵯峨野へ歩いた。5ヶ月ぶりに妻と姪の弘江ちゃんの三人で、市バスが一日乗り放題の「市バス専用一日乗車券カード」を500円で買って出かけた。
まず京都駅まで市バスで行き、御室・山越行きに乗り換え、終点の山越えまで行く。

西大路から一条通りを西に御室仁和寺、福王子、鳴滝地域は、かって、高校時代や銀行時代に深く馴染んだ懐かしい地域だ。
山越バス停で下車して歩き出した。
桜守りとして有名な、佐野藤右衛門さん邸を通り、ほどなく広沢の池に出た。
池の西側から農道に入りあぜ道を歩く。

このあたり一帯は古都保存法で開発や現状の変更が出来ず、昔からの風景が変わらず保存されている。
Atago そこここに彼岸花が咲き、野焼きの煙が立ちのぼり、ゆつたりとした時が流れている。

カメラマンが野鳥の映像を撮ろうとシャッターチャンスを待っている。

Higanbana_nouka Denen しばらく歩いて大沢の池畔に入り青鷺や鴨、鵜などの鳥が日向ぼっこをしている。しばし散策をする。

ここから直指庵に向かう。
この時期は観光客もなく我々3人だけで、古びて静かな庵に上がり、庭を散策してしばし、わび、さびの境地にひたる。

空腹をおぼえ、嵯峨釈迦堂を経て竜安寺まで歩き境内を通り抜けて「湯どうふ嵯峨」に入る。

しばらくぶりで湯豆腐コースと冷酒でひと心地につく。

Ohsawano_ike

1時間ほどして、再び歩きはじめ、野宮神社、落柿舎、祇王子、二尊院を経て化野念仏寺の石段を登り境内に入る。
墓石と無縁仏の集合地で、わざわざ金を払って見るのも何か変な感じがする。
墓地の写真を撮るのは気が進まないのでやめる。

ここからさらに西に進み鮎料理で有名な平野屋のたたずまいを見て、バス道路に出てバス停まで歩く。

京都バスに乗ったが、市バス一日乗車カードを活用するため、帷子ノ辻で下車して市バスを待ち、四条烏丸と京都駅で乗り換えて伏見大手筋まで帰る。
500円の市バス一日乗車カードは嵯峨野地域は区域外で、余分な乗り換えを余儀なくされて大変不便であった。
あぁしんどかった・・・・・・・・

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2006年9月19日 (火)

大文字山

昨夕の内に我が家の屋上庭園で摘んだ花を持って、今朝6時半から車で墓参りに行った。
3ヶ所のお墓を参るので、花と線香はよく使う。
帰ってきて朝食を食べてから、きのうに誘っておいた姪の弘江ちゃんと3人で大文字山登山に出発した。

京阪三條から地下鉄東西線に乗り換え9時半頃蹴上駅で降り、そこから歩く。
日向神社への石段を登り、琵琶湖からの疎水を渡って日向神社へ向かう。
しばらく行くと神社の境内に着き、右手奥に京都トレイルコースの標識33番が見える。
ここから登山道になり、しばらくは石段がつづき、やがて露岩の山道が尾根へとつづく。
尾根道も露岩と地道で歩きやすく、途中、山科への分岐や南禅寺、若王子神社、鹿ヶ谷への分岐を過ぎる。
尾根道のあちこちにイノシシが土を掘り返した跡が見られた。

この道を歩くのは2回目だけど、今日はちょっとこたえる。
前回は1人で歩いたので、休まずひたすら早足で調子よく歩いたので、さほどきつくは感じなかった。

大文字山山頂には11時半頃に着いた。
弘江ちゃんがくれたおにぎり1個とお茶とで軽い食事をした。
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20分ほどで下山にかかり、大文字の火床へ向かう。
山頂から火床までは15分あまりかかって、大の字の頂点に着いた。

今年も8月16日の夜8時に、ここ如意ヶ嶽の大文字をはじめ、妙法、舟形、左大文字、鳥居、とともに五山が一斉に護摩木と一緒にマキを燃やして、京の夜空に、先祖の供養と、人々の平安、国家安泰を祈って、送り火を浮かび上がらせるのです。

子供の頃、その夜に登ったことがある。

Dsc00120
ここが大の字の最頂部

大の字の横線部分から銀閣寺へ下りる山道があり、途中の沢で、山頂で出会った親子連れが追いついてきて、沢に下りて沢ガニを探していた。

銀閣寺には1時半ころに下りた。

Dsc00122

大文字上部から市街地を望む

このあとタクシーで河原町三条に出て、回転寿司と生ビールで乾杯!

そして帰路につき、帰宅してシャワーを浴びて休息。

妻と弘江ちゃんはカラオケに行ってうなったとか。なんと元気やなあ!

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2006年9月18日 (月)

100㎞ウルトラマラソン完走

長男が歴史街道丹後「京丹後100㎞ウルトラマラソン」を完走した。

一昨日(16日)の昼前に、長男の妻と子供達に送られて京都駅から専用シャトルバスで京丹後市へ向かった。

網野町にて開会セレモニーと説明会があり、その後地元の民宿で泊まる。
100㎞ウルトラマラソン参加者は男女合わせて786名で、翌朝4時半にスタートした。
60㎞マラソン参加者312名は9時半にスタートした。

台風13号が九州の長崎県に上陸して、その影響を心配していたが、少し雨が降った程度でほとんど影響はなかったとのこと。

去年も同じコースを走ったが、体調が整わず55㎞でリタイヤした。
夜7時頃に携帯に電話したら、「時間は13時間ほどかかったが、無事完走することが出来た。これからバスに乗る。10時頃には帰れると思う。」
「それはおめでとう。」Ultra_marathon_medal_a Ultra_marathon_medal_b

あとの体調を心配したが、今朝はもう仕事を始めていた。

完走記念メダルは直径60㎜、厚さ5㎜、重さ115グラムと大きく立派なものです。
材質は鋳物のようですが・・・。

一昨日、西教寺のご母堂が亡くなられたとの電話があった。
今日6時からお通夜があり、お焼香に行く。明日の葬儀には長男夫婦がお焼香に行くという。

明日は久しぶりに妻と姪の弘江ちゃんの3人で、蹴上から東山に登り大文字山から銀閣寺まで歩こうと思っている。

今日は2時半から京都テルサホールでシャンソン教室のコンサートがあり出かけることにする。
去年は出演して歌ったが、今年は客席から見る方にまわる。

そろそろ出発しよう。

5時半頃帰ってきました。

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2006年9月 9日 (土)

大腸検査とスイミングプール

きのうは心配していた妻の大腸検査も、3㎜ほどのポリープの除去だけで、ほかは異常なしとのことで安心した。
でも朝からの絶食と下剤と検査のため、体力を消耗してぐったりしていて、寝室で身体を休めていた。
夕食も近くの「しま文」で寿司を食べてすこし元気が戻り、夜のレストランの仕事を手伝っていた。

このところまた真夏に戻ったような暑さで、今日も34度の予想である。

隣の佐野さんが離れ屋の瓦を葺き替えるとのことで今朝から工事が始まった。
きのうの夕刻に工務店から挨拶があり、これはえらい土ぼこりが出るなあと思い、夜遅くになってから洗濯をして外に干しておいた。
今朝9時頃から昇降機のはしご掛け工事が始まったので、急いで洗濯物を取り入れる。
熱帯夜と今朝からの暑さで洗濯物もおおかた乾いていた。

9月6日に秋篠宮妃紀子さまの男児ご出産の慶事で、桃山御陵の事務所にも記帳所が出来るかと思っていたが、今朝もそのような用意はされていなかった。
お祝いの記帳でもしたかったのにちょっと残念な気持ちではある。

このごろ孫の一真くんがスイミングに行くのをいやがる日が多くなっていた。
なかなか理由を云わなかったが、どうにかぼちぼち話してくれたところ、スイミングスクールが終わったあと外に出てから、同じベストスイマークラスの年長者から金銭を要求されたり蹴られたりしていることが解った。名前も解った。

「おじいちゃんがプールへ行って、現場を見つけたら、とっつかまえて、きつう云うてやるから今日はプールヘ行きや」とゲキをいれるが、いまも渋っている。
楽しいはずのスイミングやのに、困ったことや。
ほんとうにその現場を見つけたら強く指導をして、親にも申し入れようと思う。

一真君は夕方4時40分ころにプールへ行った。
お母さんが一緒に行った。
今日は○○くんは来ていないとのこと。

6時前におじいちゃん(私)が迎えに行き、しばらくプールで泳ぐ一真君をさがしたが、みんな同じに見えてなかなか見つけられない。
その内プールサイドを歩いてウインドウ越しにこちらに合図を送っている一真くんがわかった。
着替えをすませて一階に下りジュースをねだられ、ソファーに座って話す。
「あしたは○○くんが来るかも知れんし一真くんもプールヘ行きなさい、おじいちゃんがその子に云うから」といって一緒に家に帰ってた。
酒蔵の横を自転車で連なって走ると、夕日はすでに西に沈んでいた。

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