2007年11月14日 (水)

桃山丘陵の散歩

11月13日(火)

妻は朝から町内の女性グループ「こまち会」の人たちと嵐山弁慶でのお食事会に出かけた。
小生は今日も歩きたくなって11時頃からリュックにタオル一本だけ入れて桃山御陵へ向かった。
大手筋のデリカヤマザキでおにぎり2個とお茶を買ってリュックに入れて歩き出した。

今朝はひんやりと肌寒かったのでいつもより少し厚手のジャンパーを着てちょうどよかったが、御陵さんの参道中程から体がほかほかと温まってきて頂上に着く頃には汗をかいていた。

拝礼をしていつものように体操をしかかったところ、石段を夫婦連れの女性が、
「229,230、231」と声を出して登ってこられたなあと声だけ聞いて体操していたら、男性の方が小生に声をかけられた。

その方に顔を向けると、なんと、富澤さん夫婦ではないか。
自宅は嵯峨が車の車検で桃山南口の京都トヨタまで来て、時間待ちにここまで歩いてきたとのこと。
40年あまり前に白梅町の職場でしばらく一緒に仕事をして、富澤さんの東京転勤に伴い業務の引き継ぎをした仲であった。

また、43年前の新婚旅行の時、開通してまもない東海道新幹線で東京駅に着いた折にホームまで迎えに来てくれたことをなどの思い出話をしながら一緒に参道の砂利道を歩き参道下の道路で別れた。

ここから自動車道を歩いて桃山城までいき、今夏に出来た桃山城運動公園を通り抜け、六地蔵への峠を右に見て墨染への道を左折して老人ホーム方面から桃山ゴルフクラブを目指して縦走路を探したが、昔来た頃とは様変わりで、すっかり住宅街になっていておどろいた。

どうにか老人ホーム前から縦走路に入り竹藪の中の地道を、けっこうな登り坂がつづき、桃山御陵から40~50分で桃山ゴルフ場の入り口にたどり着いた。

時間はすでに2時頃になっていたが途中でおにぎりを食べる場所もなく大岩街道に下山して、そのまま西に向かい国立病院(現、京都医療センター)前から京阪藤森駅まで歩いた。
家を出てから約11キロの道のりであった。

あまりに腹がへったので駅のベンチでおにぎり1個とお茶でのどをうるおした。
3時頃帰宅。
おつかれさんでした。

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桃山丘陵ウォーキング

11月13日(火)

妻は朝から町内会の女性グループ「こまち会」のメンバーと嵐山弁慶へお食事会に出かけていった。
早朝ウォーキングは休んだが、11時頃からやっぱり歩くことにした。
桃山丘陵を縦走しょうと、リュックにタオルを入れて出かけ、大手筋のデリカヤマザキでおにぎり2個とお茶を買い桃山御陵へ向かった。

今朝は肌寒かったのでいつもより厚手のジャンパーを着てちょうどよかった。
御陵さんの参道の中程から体がほかほかとしてきて頂上の明治天皇陵ではジャンパーも脱いでいつものように石段横で体操をはじめた。Photo

石段を「229,230,231」と声を出して登ってきた夫婦があった。
すると男性が小生に声をかけたので顔を見てびっくりした。
何年ぶりであろうか、昔の勤務先で一緒だった富澤さんだった。

白梅町の勤務先で一緒に仕事をして、東京転勤のときに富澤さんの業務を引き継ぎしたことや、

43年前の新婚旅行で開通したばかりの新幹線で行った東京駅のホームに出迎えてくれたことなどの思い出話をして談笑した。Photo_2

桃山南口にある京都トヨタへ車検に来て時間待ちに桃山御陵まで歩いてきたとのことで、ご夫婦と砂利みちの参道を下の自動車道まで歩き別れた。

ここから車道を桃山城へ向かい、7月に完成した京都市の桃山城運動公園を通り抜け墨染道の峠を左折して京都老人ホーム方向に右折して縦走路の尾根道を探すも、昔来たときとはすっかり様子が変わり住宅街に変貌していて少しとまどった。Photo_3

ようやく老人ホーム前から縦走路に入り桃山ゴルフクラブを目指した。
両側に竹やぶの地道がつづき、山道らしくなってきたが道幅は広く、ときおり乗用車が下りてきた。
資材置き場などもあり大型ダンプカーも廃材置き場から出てきてびっくりした。

桃山御陵から50~60分ほどで桃山ゴルフクラブ前まできたが、その時すでに2時頃になっていて、どこかでおにぎりとお茶を飲みたかったけど、休憩できる場所もなく、そのまま山を下り大岩街道まで下りてきた。

交通量の多い大岩街道を西に歩き国立病院(京都医療センター)前を通り京阪藤森駅まで歩いた。
さすがに腹がへり駅のホームのベンチでおにぎり1個とお茶を飲み、ひとごこちついた。

3時頃に帰宅して着替える。
おつかれさん。
約10.78キロ、13649歩のウォーキングでした。

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2007年11月 9日 (金)

八丁平紅葉トレッキング

10月始めの市民新聞に京都市「山村都市交流の森」が企画する「八丁平紅葉トレッキング」の募集記事があった。
かねてから京都北山の八丁平には一度行ってみたいと思っていたので、山歩きの好きな弘江さんにも呼びかけてすぐに応募はがきを出した。

11月4日(日)朝6時45分に家を出て、近鉄竹田で地下鉄に乗り換え宝ヶ池の国際会館前で降りた。
集合時間の7時45分までにはだいぶ時間があったので近くの宝ヶ池の散策路を少し歩いた。

貸し切りの京都バスは37人の中高年の男女でほぼ満席で、国際会館前を午前8時前に出発した。
鞍馬の山門前を通り、バスは花脊峠に向けて高度を上げていく。

むかし花脊別所町には花脊スキー場があって、何回か来たことがあり懐かしく車窓からの景色を見ていたが、スキー場が廃止されてもう10年以上たっていて、車窓からはその跡はわからなかった。

バスは花脊の奥へと進んで京都花脊山村都市「交流の森」の施設に着いた。
ここで受付と会費を納めてトイレ休憩をとった。
15分ほどで再びバスは奥に進み大悲山口から右折して林道に入りしばらく進んだところで全員バスを降りた。

Photo_4 
ガイドと4人のアシスタントが付いて林道を20分ほど進み寺谷方面の道と分かれて、いよいよ急斜面の山道へと登っていくが、かなりの斜度を30分ほど登ったところで、弘江ちゃんが右ふくらはぎに痛みを訴えるようになった。

斜面の途中で立ち止まり、右ふくらはぎの指圧とマッサージを施したので、少し回復して再び登りだした。
Photo_2 さらに20分ほどを大きなドングリや栗の実を拾いながら登って小休止となたので、再び指圧とマッサージをし弘江ちゃんが持参したシップを貼ってほどなく少し回復したようであった。

俵坂峠(標高約750m)を経て12時頃に市有林二の谷管理舎に着き45分ほどの昼食休憩となった。
12時45分頃からフノ坂峠を経て八丁平に着き、規模は小さいが湿原帯を回る周回路をぐるっと向こう側にむけて歩いた。
紅葉にはまだ早かったが真っ赤に紅葉した落ち葉を1枚とカエデの葉や朴の葉などを拾ってリュックに入れる。
ここの山道は2メートルほどの道幅があり、ガイドから昔の鯖街道だとの説明があった。
Photo_3

このあたりまでが京都市左京区で、少し登った中村乗越(標高約700m)から滋賀県に入り、今度は長い急斜面の下りになつた。
伊賀谷まで下るとかなり足場の悪い沢道となり、その沢渡りが5カ所ほどあり、数人の人が足を滑らせて沢に落ちるなどがあった。

数カ所の丸木橋も大変危険な状態で、年寄りには難度が高いように思った。
長い伊賀谷林道もようやく終点になって葛川学校前に着いた。
この健脚コースを全員無事に踏破して云々とガイドの人の言葉があったが、
募集記事には健脚コースとは書いてなかったように思った。

10キロとは書いてあったが、しかし久しぶりによう歩いた実感を味わった。
歩行計は2万5千歩を越えていた。
迎えの京都バスに乗って5時過ぎに日没後の国際会館前に到着した。

和子から頼まれていたイタリアンパセリを近くの園芸店で求めたが置いていなかった。
地下鉄と近鉄に乗って帰宅した。
ほんとにお疲れさんでした。

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2007年11月 8日 (木)

吹割の滝から匠の里と宝川温泉

10月23日(火)東京南麻布の娘家族のもとへ出かける。

マンションに到着して間もなく、娘婿のダグもニューヨーク出張から帰ってきた。
夜はみんなで広尾の濱寿司へつれてもらった。
最高のネタで、妻の和子はウニのつきだしをおかわりしたりで大いに満足していた。

翌24日は朝6時に和子はみなかみの群馬カントリーでのキーコーヒーゴルフコンペに参加するべく、東京駅に向かった。

そのあと、娘のナオミはレイちゃんハナちゃんを学校へ送り、夫のダグを溜池にある会社へ車で送るのに同乗してドライブを楽しみ、首相官邸や国会の近くをドライブして帰宅した。

3時過ぎに子供たちが学校を引けるのを待って、勤務中の夫のダグをのこして、みなかみの別荘へ行くため東京駅に向かった。

午後5時すぎに上毛高原駅に着いて、群馬カントリーでのゴルフを終えた和子と合流して、直ちに駅前の駐車場に置いてある車で、途中の食品スーパーで食材をいっぱい買って別荘に向った。

夕食の下ごしらえをして、みんなでみなかみ町営の温泉に行くことにした。
十三夜の月明かりのもとでの露天風呂は最高の気分だった。
みなかみ温泉の多くの露天風呂は混浴だけど、残念ながらここは混浴ではなかった。帰宅してみんなで楽しく夕飯のテーブルを囲む。
夜は下の階にあるプレイルームに最近購入したというビリヤードを初めて体験して大いに楽しんだ。

翌日24日は天気は快晴で10時半頃から名勝「吹割りの滝」観光に出かける。
沼田から日光方面に向かって走る途中から谷川岳や武尊山などの高い山々が美しく望めた。
1時間ほどで吹き割りの滝に着き、たくさんの観光客にまじって駐車場から川へ降りていく。

このところの好天候で川の水量は少ないものの、みごとに二つに割れた川底から流れ落ちる滝は、ズームアップして見るとあたかもナイアガラの滝に見える。Dsc00656_2 

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このあと再びみなかみまちに戻り、匠の里に向かう。
こんな山の中の街道筋に昔ながらの古い家屋を利用して民芸品や手作りの品、自作の陶芸制作体験などの家々が点在する集落を一軒一軒ゆっくりと歩いて見て回った。

近くにりんご園があるとのことで歩いていった。
小春日和の昼下がり、りんご園の売店で屋外テーブルのいすに座って試食のリンゴをいただき店主の老夫婦と談笑した。

孫たちは一足早くりんご園でリンゴ狩りをしていて、私もりんご園に入っていった。
すでに立派なリンゴをかごにいっぱい入れて、鈴なりのリンゴの木の下で楽しんでいた。
りんご園の娘さんにカメラのシャッターを押してもらう。

リンゴは熊本の蔵本さんに送ることにした。Dsc00666_2

           夕方になってりんご園をあとにして、ナオミが待ち合わせをしているフランス人とイギリス人の家族を宝川温泉に案内するためにみなかみ温泉のはずれにあるホテルへ向かった。

ところが走っている途中から自動車の電動ウインドウが作動しなくなり、夕暮れ時の冷たい風が容赦なく車中に吹き付けて、みんなが寒さを訴えるようになった。
ガソリンスタンドに寄り、ヒューズ切れかと思い調べてもらったが、あいにくトヨタのヒューズが無く、近くの自動車修理工場を教えてもらい急いで向かった。

田舎にしてはちょつと大きいめの自動車修理工場で、二人がかりで運転席のヒューズボックスやエンジンルームを調べてくれたが、ヒューズに異常はなく思案する表情であった。

待ち合わせの時間は過ぎていて困り果てていたところ、修理工の人がドアーのスイッチ部を分解したところ、差し込みソケットが脱落しているのを見つけた。
アァーよかった!!
手間賃3千円を払って、さあ、待合わせ場所のホテルヘ急ぐ。

フランス人とイギリス人の女性ばかりの家族10人が今や遅しと、すっかり暮れてしまった
ホテルの前で待っていた。

直ちに2台の車で宝川温泉に向かった。
8月にも連れてきてもらったから二度目の訪問であった。
経営者の趣味か骨董品かガラクタかわからん置物道具のたぐいがところ狭しと通路に飾り置いてある。

ここは混浴の大きな露天風呂が川を挟んで二カ所と女性専用の露天風呂があって、外国人の女性家族10人と我が女性軍全員が女性専用の露天風呂に入った。
小生だけが広い露天風呂をあちこち入って一人寂しく沈んでいた。

風呂から上がって10人連れの家族の車と連なって帰路につき途中で分かれたあと、
和食レストランに入り、窓から十四夜の月を見ながら食事をして別荘へ帰った。

翌26日はハナちゃんのバレエ発表会のリハーサル見学があり、5時すぎには東京へ戻った。
会社から帰ったダグと一緒に6人で、愛育病院前にあるバレエ教室のレッスン場まで車で行き、ほかのおおぜいの家族とともにバレエを見学した。
たくさんのレッスン生の中でもハナちゃんのバレエが一番上手で輝いて見えた。Cimg5511_2

前半でハナちゃんの出番はおわり、退席して、愛育病院の駐車場に置いていた車で、白銀台のイタリアレストランに連れてもらった。
Dsc00678_2

おいしい料理とワインをいただきながら、今日が我々夫婦の43回目の結婚記念日だったことを思い出し、ダグに話した。
しばらくするとシェフからお祝いの大皿が目の前に置かれ、チョコレートで「43年記念おめでとうございます」とイタリア語で書かれてあった。
ありがとう・・・・・・

27日は台風の影響で雨が降っていた。
ダグはみなかみでワインパーティーがあるので、ちょうどワシントンから日本に来てホテルオークラに滞在していた、バージニアでの同級生とみなかみへ行くべく出かけた。

風雨は次第に強くなってきたが、夕方から車で玉川の高島屋へ向かった。
車が混んでいたのでかなり時間がかかった。
着いたときには風雨はいっそう強くなっていて、通路にも吹き込んできた。

メンズのパパスで小生のシャツを選んで、それに合うベストをナオミがプレゼントしてくれた。
これまで着たことのないカラーで、ママとナオミとで選んでくれた。
風雨の中を隣接にあるつばめレストランに行き、少し待って席に着いた。
みんなでいろんな種類のハンバーグ料理にビールとワインを注文して、楽しく過ごした。
帰りは道も空いていて短時間で南麻布のマンションまで帰ることが出来た。

翌10月28日は台風一過の秋晴れで、我々夫婦とナオミ、レイちゃん、ハナちゃんの5人で、六本木方面に歩いていった。
お昼は六本木ヒルズの飲茶の店で小籠包をいただきました。

このあと国立新美術館まで歩き、フェルメール展を鑑賞したが、ほかの4人は見飽きたのか退屈したのか早々と展示場外に出て、小生を待っていてくれた。

ここからタクシーでマンションまて゜帰り、しばらくしてから我々夫婦は京都への帰路についた。

京都には夜7時半頃に着いて、駅構内の和食の店で夕食をすませて帰宅した。
ああ楽しかった東京とみなかみ旅行も、あっという間に6日間がすぎた。
さあ、あしたからまた仕事がんばりますぅ・・・・・・・・・・・・・

東京のスミス家族と、留守を守ってくれた明彦、恵美夫婦、かずまくん、ゆうまくんに
感謝感謝です。

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2007年10月 3日 (水)

天神さんのお祭り

10月2日(火)午後1時過ぎから
妻と姪の三人で二条駅西口のTOHOシネマに「エデット・ピアフ愛の讃歌」を見に行きました。
波乱に満ちた、歌一筋の人生に心打たれる優れた作品でした。

映画鑑賞後、ここから北野天満宮までウォーキングをしようと持ちかけて、北に向かって歩き始めました。

途中西の京の町中から旧二条、御前通りを通り、青木君宅に立ち寄りご夫婦に会い、久し振りの立ち話をして、西に歩いて北野天満宮の御旅所へ向かう。

賑やかに多くの露店が立ち並び人々で賑わっていました。
御旅所に入り、幼少の頃以来60年ぶりに瑞饋御輿をじっくり見ることができた。

ここから北へ北野中学校の西側を通り高橋君宅を訪ねたが留守で、おそらく横浜のマンションへ行かれたことと思われる。

大将軍から紙屋川を通り今出川にでて北野天満宮へ向けて歩いた。
参道と境内はひっそりとしていて、10月4日に本祭りが催されるとは思えない光景であった。

6時頃になっていたため本殿への正門、東門とも閉門されていて、お参りが出来なかった。

上七軒をとおり今出川から千本通りを南に歩き、青木君推薦のレストランぼんに入り食事をした。

バスで四条京阪を経て8時半頃に帰宅する。

万歩計を持って出るのを忘れたが10キロほど歩いたかなあ。

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2006年10月25日 (水)

芦生の森ハイキング

もう数十年も前から一度は行ってみたいと思っていた、京都大学の芦生演習林、2003年4月から名称が変わり、「京都大学フィールド科学教育研究センター森林ステーション芦生研究林」という長いながい名称になった。
通称、京大芦生研究林

9月初め京都新聞旅行センターが「芦生の森ハイキング」の募集をしているのを見て、さっそく申し込みをした。
妻の和子と、姪の弘江ちゃんと友達の山下さんの4人で参加の予定で申し込みをしたが、その後取引メーカーMの招待で有馬温泉と松茸狩りの案内があり、和子がそちらの方に出席することになり、その代わりとして私の友人の高橋君を誘った。

出発は10月24日(火)で京都駅八条口を午前8時に出て途中、四条大宮で高橋君と他の参加者を乗せて、五条天神川を北進して福王子から周山街道(国道162号)を懐かしの高雄、中川、小野郷を通り笠トンネルから京北町(今は京都市右京区)細野から周山の中心部に入った。

さらに北上して下弓削、上弓削を通り、やっと美山町に入った。
伝統的建造物の美しい茅葺き合掌造りの集落を見ながら、ほどなく美山町自然文化村に着いた。
ここまで約2時間半かかった。
ここから専用のマイクロバスに乗り換えて芦生の森へ入っていく。
京都市内では快晴だったのに、あいにくここから雨が降り出してきた。

一般車は入ることが出来ない林道を走ること約1時間。標高約300mの文化村から車幅いっぱいの未舗装林道を右に左に揺れながら、780mのケヤキ峠を越えて下谷に下り、さらに奥へと進み、廃屋となった作業小屋跡でバスは停車する。
雨衣を着てバスを下り、ここで7~8名づつが2つのグループに分かれてガイドに付いて歩き始めた。

この広い森は研究のための一部の植林を除き、ほとんどか原生林のままで数百年のブナやトチノキ、カツラやミズナラ、カエデなどの巨木の数々が保存林として大切に守られている。2_1 1_2
落ち葉や小枝をひろい説明してくれるガイドさんにうなずいたり感心したりして歩く。

2回ほど沢渡りもして実に楽しい散策がつづいた。
しかし高橋君の足運びが途中からおかしいことに気が付いた。
これまでと違って、重く引きずるような歩き方であった。
「足が上がってないようやけど、大丈夫か」と聞くと、「ちょっとヒザが痛いねん」という。
「まあゆっくり歩いたらええがな」と云いながら一緒に歩いた。

沢渡りをして上の林道まで登り歩き出してしばらくして、高橋君がつまずいたように前に両手をついた。
「どうした!大丈夫か!」と声を掛けた。
手を取り立たせたが、どうも様子がおかしい。
聞くと、「沢渡りの時も足がもつれて、ちょっと転倒しそうになったんや。ちょっと目まいがした」という。

これは大変なことになったと思ったが、幸いガイドの女性が、「バスがケヤキ峠で待っているので、行ってここまで来てもらいます」と云って、5~6人のグループとケヤキ峠まで歩いていった。我々2人はその場で待っていた。
まもなくマイクロバスが戻ってきて一緒に峠まで乗っていった。
ケヤキ峠まではあとわずかであった。

高橋君と運転手を残し、私たち参加者は雨の中をこの780mのケヤキ峠からさらに急斜面を、939mのブナノキ峠を目指して登りはじめた。
しかし途中でガイドが、雨が強いので846mのブナの群生地あたりで引き返すという。
雨に煙った樹林を見たが、どれがブナの群生かわからない。
再びケヤキ峠まで下山して、マイクロバスに乗り山を下りる。

自然文化村に着いて館内に入る。
ここは立派な宿泊施設になっていて、旅館の着物を着た宿泊客も何人か見えた。
汗と雨で濡れた身体を拭いて着替えをして土産物の丹波の黒豆や納豆などを買う。

すっかり日が暮れた周山街道を、途中の高雄でトイレ休憩をして京都へ向かう。

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2006年10月16日 (月)

引っ越し

東京に住む二女のナオ家族が、レイちゃん、ハナちゃんがインターナショナルスクールへの転校に伴い、久が原の自宅から南麻布のマンションヘ転宅することになり、その手伝いのため、10月12日(木)の午前8時過ぎの、のぞみで東京品川へ向け出発した。

アート引越センターから5~6人のスタッフが朝から晩までかかって、食器などの荷造りやたくさんの家具家財の積み込みをしていた。
娘婿のダグは会社の仕事が忙しく、引っ越しはナオ1人が指示をしたり一日中忙しくしていた。

夕食はナオとレイ、ハナの3人が先に菊ずしへ行って、その後交替で我々二人が菊ずしで食事をした。
レイとハナは食事の後そのまま2階に上がり、菊ずしのKちゃんと遊んでいたので、私たちの食後に一緒につれて帰った。

翌13日は子供たちが車で登校するのに同乗して南麻布のインターナショナルスクールまでついて行き、再び久が原へ戻った。
この朝もベッドや食卓などの積み込みを見送り、11時頃にいよいよ車で南麻布のマンションへ移り、新居での荷入れを看る。

妻と二人で学校までハナちゃんの忘れ物を届けに行き、帰りにパンを買ってマンションで昼食をとった。
夕方一人で学校までレイちゃんを迎えに行く。
ハナちゃんはお友達のお宅へいって遊んでいる。
夜は以前にも行ったことのある南麻布にあるイタリアンでダグとも落ち合い、みんなで食事をした。

翌日14日(土)は早朝から二人でウォーキングに出かけ、有栖川宮公園を通り、方角もわからず、いくつかの大使館の前を通りドンドン歩く。
元麻布、麻布十番から三田を通り、東京タワーが近くなってきたので、そこを目指してさらり歩く。
8時半頃に東京タワーに着き、開館まで時間もあり、芝公園に下りトイレで用を足し、途中の立ち食いそば屋でうどんを食べ、再び同じ道を南麻布に向かって戻る。

お昼にはみんなで30分足らずの六本木ヒルズまで歩き、51階の日本食レストランで豪華な昼食をご馳走になる。
食後一階のショッピング街を見て、タクシーでマンションまで帰る。

夕方に私だけが京都へ帰ることにした。
妻が品川まで送ってくれて、駅弁をおみやげに買い、5時過ぎの、のぞみで帰途につく。

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2006年9月26日 (火)

嵯峨野ウォーキング

嵯峨野は昔から何回も歩いているが、何回行っても良い。
4月の桜の頃にも高校時代の仲間と、御室仁和寺から嵯峨野へ歩いた。5ヶ月ぶりに妻と姪の弘江ちゃんの三人で、市バスが一日乗り放題の「市バス専用一日乗車券カード」を500円で買って出かけた。
まず京都駅まで市バスで行き、御室・山越行きに乗り換え、終点の山越えまで行く。

西大路から一条通りを西に御室仁和寺、福王子、鳴滝地域は、かって、高校時代や銀行時代に深く馴染んだ懐かしい地域だ。
山越バス停で下車して歩き出した。
桜守りとして有名な、佐野藤右衛門さん邸を通り、ほどなく広沢の池に出た。
池の西側から農道に入りあぜ道を歩く。

このあたり一帯は古都保存法で開発や現状の変更が出来ず、昔からの風景が変わらず保存されている。
Atago そこここに彼岸花が咲き、野焼きの煙が立ちのぼり、ゆつたりとした時が流れている。

カメラマンが野鳥の映像を撮ろうとシャッターチャンスを待っている。

Higanbana_nouka Denen しばらく歩いて大沢の池畔に入り青鷺や鴨、鵜などの鳥が日向ぼっこをしている。しばし散策をする。

ここから直指庵に向かう。
この時期は観光客もなく我々3人だけで、古びて静かな庵に上がり、庭を散策してしばし、わび、さびの境地にひたる。

空腹をおぼえ、嵯峨釈迦堂を経て竜安寺まで歩き境内を通り抜けて「湯どうふ嵯峨」に入る。

しばらくぶりで湯豆腐コースと冷酒でひと心地につく。

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1時間ほどして、再び歩きはじめ、野宮神社、落柿舎、祇王子、二尊院を経て化野念仏寺の石段を登り境内に入る。
墓石と無縁仏の集合地で、わざわざ金を払って見るのも何か変な感じがする。
墓地の写真を撮るのは気が進まないのでやめる。

ここからさらに西に進み鮎料理で有名な平野屋のたたずまいを見て、バス道路に出てバス停まで歩く。

京都バスに乗ったが、市バス一日乗車カードを活用するため、帷子ノ辻で下車して市バスを待ち、四条烏丸と京都駅で乗り換えて伏見大手筋まで帰る。
500円の市バス一日乗車カードは嵯峨野地域は区域外で、余分な乗り換えを余儀なくされて大変不便であった。
あぁしんどかった・・・・・・・・

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2006年9月19日 (火)

大文字山

昨夕の内に我が家の屋上庭園で摘んだ花を持って、今朝6時半から車で墓参りに行った。
3ヶ所のお墓を参るので、花と線香はよく使う。
帰ってきて朝食を食べてから、きのうに誘っておいた姪の弘江ちゃんと3人で大文字山登山に出発した。

京阪三條から地下鉄東西線に乗り換え9時半頃蹴上駅で降り、そこから歩く。
日向神社への石段を登り、琵琶湖からの疎水を渡って日向神社へ向かう。
しばらく行くと神社の境内に着き、右手奥に京都トレイルコースの標識33番が見える。
ここから登山道になり、しばらくは石段がつづき、やがて露岩の山道が尾根へとつづく。
尾根道も露岩と地道で歩きやすく、途中、山科への分岐や南禅寺、若王子神社、鹿ヶ谷への分岐を過ぎる。
尾根道のあちこちにイノシシが土を掘り返した跡が見られた。

この道を歩くのは2回目だけど、今日はちょっとこたえる。
前回は1人で歩いたので、休まずひたすら早足で調子よく歩いたので、さほどきつくは感じなかった。

大文字山山頂には11時半頃に着いた。
弘江ちゃんがくれたおにぎり1個とお茶とで軽い食事をした。
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20分ほどで下山にかかり、大文字の火床へ向かう。
山頂から火床までは15分あまりかかって、大の字の頂点に着いた。

今年も8月16日の夜8時に、ここ如意ヶ嶽の大文字をはじめ、妙法、舟形、左大文字、鳥居、とともに五山が一斉に護摩木と一緒にマキを燃やして、京の夜空に、先祖の供養と、人々の平安、国家安泰を祈って、送り火を浮かび上がらせるのです。

子供の頃、その夜に登ったことがある。

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ここが大の字の最頂部

大の字の横線部分から銀閣寺へ下りる山道があり、途中の沢で、山頂で出会った親子連れが追いついてきて、沢に下りて沢ガニを探していた。

銀閣寺には1時半ころに下りた。

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大文字上部から市街地を望む

このあとタクシーで河原町三条に出て、回転寿司と生ビールで乾杯!

そして帰路につき、帰宅してシャワーを浴びて休息。

妻と弘江ちゃんはカラオケに行ってうなったとか。なんと元気やなあ!

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2006年9月18日 (月)

100㎞ウルトラマラソン完走

長男が歴史街道丹後「京丹後100㎞ウルトラマラソン」を完走した。

一昨日(16日)の昼前に、長男の妻と子供達に送られて京都駅から専用シャトルバスで京丹後市へ向かった。

網野町にて開会セレモニーと説明会があり、その後地元の民宿で泊まる。
100㎞ウルトラマラソン参加者は男女合わせて786名で、翌朝4時半にスタートした。
60㎞マラソン参加者312名は9時半にスタートした。

台風13号が九州の長崎県に上陸して、その影響を心配していたが、少し雨が降った程度でほとんど影響はなかったとのこと。

去年も同じコースを走ったが、体調が整わず55㎞でリタイヤした。
夜7時頃に携帯に電話したら、「時間は13時間ほどかかったが、無事完走することが出来た。これからバスに乗る。10時頃には帰れると思う。」
「それはおめでとう。」Ultra_marathon_medal_a Ultra_marathon_medal_b

あとの体調を心配したが、今朝はもう仕事を始めていた。

完走記念メダルは直径60㎜、厚さ5㎜、重さ115グラムと大きく立派なものです。
材質は鋳物のようですが・・・。

一昨日、西教寺のご母堂が亡くなられたとの電話があった。
今日6時からお通夜があり、お焼香に行く。明日の葬儀には長男夫婦がお焼香に行くという。

明日は久しぶりに妻と姪の弘江ちゃんの3人で、蹴上から東山に登り大文字山から銀閣寺まで歩こうと思っている。

今日は2時半から京都テルサホールでシャンソン教室のコンサートがあり出かけることにする。
去年は出演して歌ったが、今年は客席から見る方にまわる。

そろそろ出発しよう。

5時半頃帰ってきました。

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